馬路ゼミ論考1Sセメ
...ただ、民主主義的プロセスを「手続き的正義」として定めている事には納得がいかないな で馬路先生が言ってた話、まさにこれだ ↑の記事では「ディストピア」的フレームで上海生活が描かれていたけど、これはイギリス人がその価値観で上海で生きた感想でしかない 「ディストピア」として描かれる社会の内部についてはこの記事では見えていない 社会の「良さ」の評価軸を、ディストピア社会内部の人の気持ち(幸福とか)におくなら全然良いものとできるのに、それを「ディストピア」として扱うことへの疑問が根源な気がする そして、その疑問が、自分の技術的関心と繋がるのだろうな、と 自分が興味があるのは、現実の情報を認識する過程に情報処理の膜()を挟んで、現実(=Truth)が自由自在に加工できる世界観を実現する技術 これに、みたいな名前をつけている 具体的に言えば、 バーチャルな美味しい食事を味覚提示デバイスで毎日味わえるとか(これ) とか 各自が自分のSNSのフィルターバブルの中で自分が嬉しい情報を見続けて、それをTruthとして信じるのもこれな気がしている も成り立つのでは? ここ深掘りたいかも このアプローチを突き詰めれば、事実上どんな問題でも解決できるのでは?という気がしている 現実がどうであろうと、それを知覚する部分でフィルタをかけてあげれば解決するので ただ、これらは結構いわゆる「ディストピア」的なものだと言われると思う 現代人の感覚からすればこの「Truth」が各人で共有されない社会は気持ち悪いディストピアに感じる けど、この社会別にみんな幸せじゃない?と言いたい 結局論考で何を扱う? 「これはディストピアだね」というラベル付けをせずに、ビリーバビリティ主義的社会が良いのかどうかを問いたい気持ち SNSのフィルターバブル/ポストトゥルース等現実社会にある問題もビリーバビリティ主義と言えると思うので、それらも絡めて地に足がついた議論をする様にしたい 流石に馬路ゼミ論考がSFになるのはまずそう ただまあその辺りの技術の研究にも適度に言及できると楽しそう それを問う上で、どの様な社会を良いとするのか / それを実際問題どの様に評価するのか、という点も論じる事になりそう? これは倫理哲学周りの議論を参照するべきな気がする あとは、少し外れた論点として そういうビリーバビリティ主義の社会において合意形成をしないといけない時に、その時の「手続き的正義」はどうなるのだろう、という話もある Truthのずれを言語のずれみたいなものとして捉えて、Truthの翻訳をすればうまくいくのでは、という仮説もあったり この辺りの関連する本を読むきっかけになると嬉しい ブレスト没案 技術を元に、未来の社会の話をしたい気持ち とか面白いかも をやりたい で扱ったEd-tech系? 法 as プログラム()みたいな話......
1/3/2023