絶対的な道徳/規範/倫理は存在しない
from 哲学には諦めがある @blu3mo: 哲学(?)は全て(評価軸, 知覚, etc)を疑って無限に追求している物であってほしいと夢見ていたけど、結局それは不可能で、どこかに諦めが存在するということがだんだん分かってきた。
坪山会やランチ会/アフターの議論で、だんだんこのあたりに見ていた夢が夢であったことが分かってきた
馬路ゼミで書いたこと
もっと言えば、哲学(?)は全て(倫理, 知覚, etc)を疑って無限に追求している物であってほしいと夢見ていたけど、結局それは不可能で、どこかに諦めが存在するということがだんだん分かってきた。
/villagepump/2022/06/17#62ac913279e1130000c4afab
「XXの技術はこうあるべき」という論考を書こうとしていて、規範的議論の論理の根本に使える普遍的な評価軸があると思っていた
この世に「良い社会とは」とかの議論がたくさんあると言うことは、人類が倫理学を突き詰めた結果何かしらの普遍的な評価軸は見つけていて、その上に規範的議論を積み上げているのだと思っていた
けど、評価軸をいくら突き詰めても普遍的な物に辿り着くことはなくて、規範的議論の論理の根本に使える普遍的評価軸は存在しないのだなと気づいた
似た様な話を倫理以外の哲学系分野でも聞くことが何度かあって、結局無限に論理を突き詰めることは不可能で、どこかに有限性が存在するんだなと気づいた)
...
from
馬路ゼミで書いた話
規範的議論に使える普遍的な評価軸なんて存在しないことに気づいた。(今までは、人類が倫理学を突き詰めた結果何かしらの普遍的な評価軸は見つけていて、その上に「良いXXとは」等の規範的議論を積み上げているのだと思っていた。)
多少頑張ると共通の規範となる倫理(功利主義など)が見出せるから、そのノリでもっと突き詰めれば絶対的評価軸があると錯覚していた
はこの「絶対的評価軸」を元に「しっかりした」倫理的評価を行いたいと思っていたけど、それが不可能なことに気づいて絶望した
これがってやつか
そうなると、って何をやる..?
結局突き詰めるとお気持ちのぶつけ合いになる?
もしくは、広まると特定の目的(例えば統治とか)に役に立つ道徳とはなんだろうと考えるとか?
...哲学には諦めがある
絶対的な道徳/規範/倫理は存在しない
規範的議論に使える普遍的な評価軸なんて存在しないことに気づいた。(今までは、人類が倫理学を突き詰めた結果何かしらの普遍的な評価軸は見つけていて、その上に「良いXXとは」等の規範的議論を積み上げているのだと思っていた。)
- 多少頑張ると共通の規範となる倫理(功利主義など)が見出せるから、そのノリでもっと突き詰めれば絶対的評価軸があると錯覚していた
- 馬路ゼミ論考1Sセメはこの「絶対的評価軸」を元に「しっかりした」倫理的評価を行いたいと思っていたけど、それが不可能なことに気づいて絶望した
- これがニヒリズムってやつか
- これがニヒリズムってやつか
- そうなると、規範倫理学
規範倫理学
from Wikipedia は、広義の義務論、徳論、自由意志、広義の価値論について考察する倫理学の一分野である。どのような道徳や判断が善いのか(あるいは正しいのか)を探求する。快楽主義、幸福主義、非快楽主義、利己主義、利他主義、功利主義などの代表的な規範倫理学の立場がある。 > …ジェレミ・ベンサム、ジョン・スチュアート・ミル、R. M. ヘア、ピーター・シンガーなど …イマヌエル・カントなど …プラトン、アリストテレス、G. E. M. アンスコム、アラスデア・マッキンタイアなど この分野、良くも悪くも一般名詞に色々context/定義が付随しているな 道徳とか義務とか公正とか快楽とか ...
- 絶対的に「Xである」みたいな事は言えないから、何かしらの仮定を置いて「XならばYである」という事を言い続ける事しかできなくて、ただそれにも意義はあるのだろうなという気持ち
- 哲学には諦めがある
哲学には諦めがある
@blu3mo: 哲学(?)は全て(評価軸, 知覚, etc)を疑って無限に追求している物であってほしいと夢見ていたけど、結局それは不可能で、どこかに諦めが存在するということがだんだん分かってきた。 坪山会やランチ会/アフターの議論で、だんだんこのあたりに見ていた夢が夢であったことが分かってきた 馬路ゼミで書いたこと もっと言えば、哲学(?)は全て(倫理, 知覚, etc)を疑って無限に追求している物であってほしいと夢見ていたけど、結局それは不可能で、どこかに諦めが存在するということがだんだん分かってきた。 /villagepump/2022/06/17#62ac913279e1130000c4afab 「XXの技術はこうあるべき」という論考を書こうとしていて、規範的議論の論理の根本に使える普遍的な評価軸があると思っていた この世に「良い社会とは」とかの議論がたくさんあると言うことは、人類が倫理学を突き詰めた結果何かしらの普遍的な評価軸は見つけていて、その上に規範的議論を積み上げているのだと思っていた けど、評価軸をいくら突き詰めても普遍的な物に辿り着くことはなくて、規範的議論の論理の根本に使える普遍的評価軸は存在しないのだなと気づいた 似た様な話を倫理以外の哲学系分野でも聞くことが何度かあって、結局無限に論理を突き詰めることは不可能で、どこかに有限性が存在するんだなと気づいた) ...
- 哲学には諦めがある
道徳的実在論の話っぽい